2007年12月07日

千頭→井川(25.5km)

井川線急いで乗り換えた井川線「南アルプスあぷとライン」。

とにかく席が開いていた2両目に乗り込みます。
山側のボックス(2人分)を確保。
はじめの川根両国駅で少し空いたものの、結構混んでおりました。
先頭車両がアプト式ができたときに登場した新しい車両なので、空いて来たら移ろうと思っていたのですが、ここで無理ならアプトまでは無理かな〜。

井川線というと中部電力がダム建設用に作った路線を譲り受けた路線で、軌間が1067mmなのを除くと黒部峡谷鉄道に似たような路線。
車両はトロッコ列車で、ロングシートとクロスシートと両方のタイプが有るのですが私の乗った編成は全てクロスシートのものでした。

ドアが手動なので、車掌さんは停車するたびホームに出て各車両の外からドア扱い(ロック&扉確認)を担当するのですね。
「集落が4軒しかなく土本さんが3軒だから土本駅」とか、車掌さんはガイドを兼ねて説明しておりました。

黒部峡谷に3ヶ月前に乗ったばかりだったので大きな感動はありませんでしたが、黒部峡谷と違ってオープンカーはないので、その分こちらの方が鉄道っぽいかも。

そしてアプトいちしろ駅。後ろに電気機関車が連結されます。
井川線は非電化が基本なのですが、アプトいちしろ駅から長島ダム駅のアプト区間だけ電化されているのです。
機関車付け替えのシーンをホームに下りてみてから、列車に乗り込みます。
これから「一気にドキドキ90パーミル」の体験ができるのです。

ドキドキしながら90パーミル体験モードに。そして…
 「90パーミルの標識発見!!」
写真撮ろうと思ったら過ぎ去ってしまった…。
箱根登山鉄道の80パーミルと違って勾配標は1箇所しかないので撮影は狙っていないと難しいかも。
(勾配標はhttp://www.pref.shizuoka.jp/j-no1/m_apt.htmに掲載されています)

長島ダムで前の車両が空いたのでで前の車両に移動。
新車だけあってこちらはバケットタイプで快適です。

途中で温泉街などを経て下車客が少しずつ出て、最終的には貸切になりました。
90パーミルの某メロディを耳にしながら井川に向かいました。

そして井川に到着。ここも静岡市なんですね。
駅でそばを買い井川ダムを見物。中空重力式です。
黒部ダム(アーチ式)や九頭竜ダム(ロックフィルダム)とはまた違った感じ。
迫力はかなりあるのですが、さすがに黒部ダムの方がすごかったです。

井川からはバスで静岡に抜けました。

井川線沿線はのどかで峡谷があって、また来たくなるところでした。
大井川鉄道とあわせて来訪したいです。
posted by うえしょう at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 完乗日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

新金谷→千頭(37.2km)

トラストトレイン金谷駅にトラストトレインが入線。
指定席はオハニ36だったのですがスハフ43に乗り込む。
これはオハニが混んでいたこともあるのですが、こっちに乗りたかったので乗り込んだのです。
ボランティアの人に聞くと、スハフ2両には新金谷から120人の団体客が乗るとのことでした、

スハフ43は往年のつばめ号(つばめは展望車だったのでスハフは付いていない)や、20系になる前の銀河にも付いていた、ある意味歴史ある44系客車。スハフ43って、近代化改造でイス途中で交換されているんですよ。
この子達は最終的には高松や今治にいたようです。座席は回転クロスのはずですが、トラストトレイン入線に際してボックス方向にロックされているんですね。

新金谷に到着するのに合わせ、オハニ36に移動。
椅子はニス塗りでオハ二の方が古いのかともったら、昭和30年製とスハフ43(昭和26年製)よりも4つ新しいのね。
ちなみにオハニは山陰線で活躍していた車両で、半荷物車ということで舞鶴線で昔見た覚えがあります。
荷物車は、弁当やボランティアの人の荷物置場などに使うのに重宝しているらしい。
客室が小さいのも味がある…。


オハニの私の座席のボックスに行くと、5人組の女の子が1人座っていました(他の4人は向かいのボックス)。
結局、新金谷でも残る2席は誰も来なかったので、指定券では内側の席でしたが、窓側は開いていたので窓側に移動して座っておりました。

車内販売が来たのでSL弁当を買い、満喫(^^;
駅弁食べている写真を向かいに座っていた女の子に撮ってもらったりしてました(^^;

SLはのどかな茶畑と大井川を上流に向かってまったりと走っていきます。
途中、カーブでは窓を開けて写真を撮っておりました。
茶畑も珍しいのか、女の子たち喜んで見ていました。
この日は12月にしては暖かく、夏が暑かったこともあってかこの時期にしては紅葉が非常にきれいでした。
ちょうどいい季節に訪問できてよかったという感じ。

トンネルに入るときに汽笛が鳴ると窓を閉めたのですが、女の子たちはその習慣を理解していなかったみたい。
確かに冷房化とともに窓を開けることも減り、汽笛を鳴らすことも減った現在では考えられないことなのですね。

向かいにいた女の子は聞くと東京からSL乗りに来たそうで、温泉に泊まっていくそうな。
ちなみに鉄子ではないみたい。乗務員さんも「最近は鉄子さん来てますよ」って言ってたなあ…。
時間があれば自分も温泉で泊まりたいなと考えたけど、こればかりは難しいです。
あと、隣のボックスの女の子たちは景色によっては向かいから入れ替わりでこっちのボックスにも来ていたので、6人で2ボックスという感じでした。

降りるお客さんはほとんどなく、やがて千頭駅到着。考えてみたら旧客乗るのって11年ぶりだわ。
駅ではささっと客車を撮影し、井川線の出発時間が迫っていたのでささっと移動しました。

追伸:
後で調べて分かったのですが。オハニ36の方が古く見えたのは、昭和30年製とはいえ「鋼体化車両」だからなのです。
車両区分が60番台でないから気づかなかったのですが、鋼体化改造後に台車を履き替えて改番されているのですわ。
座席の枠等が木製でビックリしたけど、それが理由だったんですね。
当時、国鉄や東武ではまだまだ半鋼製車両があったのでニス塗りというのも頷いていたのですが、概観は昭和30年製としても車内は戦前のものが結構流用されていると思うと、こちらの方が味がある車両なんですね。
posted by うえしょう at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 完乗日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金谷→新金谷(2.3km)

ズームカートラストトレインに乗るため金谷駅に着いたのですが、発車までまだ2時間ある。
ということで「そうだ、新金谷に行ってみよう」と移動することに。
車庫もあるはずだし、いろんな車両が停まっていないかな〜と、ドキドキしながら乗っておりました。

やってきたのは元近鉄16000系。
リクライニングシートはそのままだ。
南大阪線の特急は鉄道友の会の行事で一度だけ乗ったので、20年近くぶりかな。
といっても大阪線系統の特急とは軌間が違うだけで、車内は同じ造りですが。

路線はヘアピンカーブを描いて新金谷に到着。
歩いていくと1km程なんですよね。

さすが、新金谷は旧客のオンパレードだわ。
オハ35、オハフ33、オハ47、スハフ42…

駅前とSLの入れ替えを色々見て、南海21001系ズームカーのクロスシート車で引き返しました。
posted by うえしょう at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 完乗日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

鉄道写真もはじめました

鉄道写真を始めるようになったのは中2のとき。
友達の影響もあって買った「鉄道ダイヤ情報」でコンパクトカメラの特集が挙がっていて、このくらいの値段なら自分でもできるなと思い、コンパクトカメラを購入。
オリンパスの広角・望遠の2焦点タイプのものでした。

当初は近場の阪急などの私鉄を撮ることが多く、先に書いた能勢電や近鉄もこのカメラで撮っておりました。
後には青春18きっぷを使った旅行によく持って行くようになりました。
他にも駅撮りやイベントなどでよく撮影しておりましたが、時には撮影地にいってコンパクトカメラで撮影することもありました。

「写真はカメラの性能よりも場所と構図で決まる要素が大きい」というのが当時の私の持論ですが「それならコンパクトカメラでも十分」と思っております。
この考え自体は今も大きく変わっておりませんし、デジカメ時代の現在になっても旅行の内容によってはコンパクトデジカメを併用しております(一眼レフは重くて宿泊を伴う旅行に向かないときもある)。

ちなみに当時買ったカメラは大学生になってからも使っていて、一眼レフカメラを買うまで10年近く使いました。
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2007年11月11日

東松戸−京成高砂(7.5km)

印旛日本医大駅帰りは都営の車両がそのまま折り返しです。
朝10時台なのですが反対側のホームの列車案内が19時台とかになっていて、長距離駅のターミナルみたいな感じだった…。
東松戸までは来た道を引き返すわけですが、線形がいいので結構スピードは出ます。けいはんな線みたい(もっとスピードは出ます)。
そして東松戸から先は初乗り。
途中、トンネルがあったり駅舎が半地下だったりと、最近出来た郊外路線によるあるパターンです。
高砂まで戻ってきてからは、そのまま浅草まで乗りました。
それにしても千葉ニュータウンあたりに住むと、よく指摘されている東京までの運賃が高いというだけでなく、千葉の中心地に行くのも不便。
結構高額なつくばエクスプレス沿線の方がよっぽど便利そう…。
posted by うえしょう at 11:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 完乗日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東松戸−印旛日本医大(24.8km)

東松戸駅宿泊していた三郷から、新松戸乗換えで印旛日本医大方面へ。
まずは印西牧の原行きの都営車が来たので乗車。
3年後には成田空港まで直通するようになりスカイライナーが通る予定なので、空港まで伸びるのを待つことも考えていたのですが、その前に全線完乗できそうなので先に乗ることにしました。
東松戸もそうですが、新鎌ヶ谷などスカイライナーが通るようになると途中での待避が増えるため、2面4線化が進んでおりました。
人の流れる方向と逆向きでしたので空いていました。
印西牧の原で印旛日本医大行きを待つも、またしても都営。シーフライヤーにあいたかったのに残念だにゃ。
印旛日本医大はすごく長閑な駅ですわ。駅舎はキレイですが、ある意味山奥の駅舎みたい。
posted by うえしょう at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 完乗日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

東横イン三郷駅前

東横イン三郷駅前東横インに泊まるのは2月の福井以来なので8ヶ月ぶり。
日曜祝日などの30%引きの日以外に宿泊するのは何回ぶりかな…。
東京競馬場の次の日に北総鉄道に乗ると決めて、便利いいところして思いついたのは武蔵野線沿線。
都心部のホテルも考えたのですが、こっちにして正解でした。
駅前には松屋があるので、夕食に焼肉カルビ定食食べました。

翌朝はおにぎりサービス。
私は和食派なので朝食がおにぎりのところを選んでいるのですが、選択の余地がなかった(^^;

難点だったのは、この日だけかもしれませんが担当の人が一人しかいなかったこと。
おかげでロビーが大混雑して、外に出るにも鍵を預かるまで時間がかかりすぎでした。
他の東横インのように二人対応なら問題ないのですけどね。
posted by うえしょう at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ホテル・民宿宿泊日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東府中−府中競馬正門前(0.9km)

府中競馬正門前駅京王競馬場線の乗りつぶしというと、みなさんどうされてますでしょうか?
単純往復する人もいれば、府中本町まで歩く人もいるかもしれません。

東府中から府中競馬正門前まで0.9km
なのですが、私は競馬好きなので、
「この線を乗りつぶすときは、東京競馬場とセットで訪問」
と決めておりました。

北陸で上野に出てから山手線で新宿へ出て、7時の急行で東府中へ。
早い時間から競馬場に向かうお客さんがちらほらと。
とはいえ土曜の早朝とあって、それほど多くはありませんでしたけどね。

これで京王は完乗。
そして東京競馬場へ行き、A指定席でゆっくり観戦しておりました。
ちなみに競馬のほうは好調で収支もプラスでした。
posted by うえしょう at 07:59 | TrackBack(0) | 完乗日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

何度も乗った近鉄電車

1988年に登場したアーバンライナーにも二次車が登場することになり、鉄道友の会の行事で再び試乗会に行ってまいりました。
初代とは中間の簡易運転台の廃止などマイナーチェンジという感じですが、こうした車両に特急料金を払うことなく満喫できますので貴重な経験です。
さらにアーバンライナーが平成元年のブルーリボン賞に選ばれ、その記念列車にも乗車することができました。参加費1000円で名張まで1往復、バブル景気の頃とありまして弁当まで出ました。帰りは五位堂で撮影会。この時ばかりは鉄道友の会に入ってよかったなと実感いたしました。

乗りつぶしとなりますと、1990年の冬には近鉄電車が3日間乗り放題の「遊レールパス」が出て(その後発売時期が長くなりましたが、当時は学校の休み期間前後しか出ていなかったと思います)、近鉄電車を3日間堪能することになりました。とはいえ高校生でしたから3日間とも日帰りです。
初日は急行に乗り継いで名古屋に行き、養老線、鈴鹿線などに乗ってきました。2日目は青山越えはせずに奈良・京都・吉野方面を楽しみ、3日目は賢島まで行ってきました。時期も時期ですので伊勢神宮にも行って来ました。
「近鉄の完乗は3日では苦しいな」と思ってはいましたが、それでも伊賀線など残った路線はかなり減りました。
ボックス型の急行に長距離乗るのはやはり楽しかったです。
養老線も昔の名古屋線の急行型車両で、床下から旧型車両の音が聞こえておりました。懐かしい思い出です。
posted by うえしょう at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の鉄ちゃん履歴書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月02日

やっぱり好きだった阪急電車5(高校生の頃2)

阪急100系(P-6)と900形の見学会。私が生まれた年に廃車された100系は名車中の名車とあって、どうしても一度乗ってみたかった車両。保存車両の見学という形ですが実現しました。

古いものばかり追い求めているかと言うとそうでもなく、新しく登場した8000系・8300系も追っていたように思います。
鉄道友の会主催の8000系の試乗会にも参加し、一般の方よりも一足先にVVVF車両の走りを体験してきました。試乗会とあって営業運転前の車両に乗れるだけでなく、電車の中から洗車している様子も見られました。平井車庫での撮影タイムもありました。
8000系でも第3編成以降はクロスシート車であり、神宝線に久しぶりにクロスシート車が入るとあって、好んで乗りに行ったものです。

また、通学で使っていた千里線では、中間1両を抜いた7連の7300系が入線するようになり(以前にも2+2+2の6連など入線したことはあった)、その後京都線の10分ヘッド化に伴い千里線も8連化されて定期的に7300系、8300系が乗り入れるようになりました。かなり通学楽しくなったものです。相互乗り入れの地下鉄60系も一部は冷房改造され、後に66系が登場するなど華やかになりましたし…。けど「8300系にもクロスシート車両を」と期待しておりましたが結局は実現しませんでした。
posted by うえしょう at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の鉄ちゃん履歴書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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