2007年07月27日

あこがれだった東京への旅行(1)

当時関西に住んでいた私は、国鉄分割民営化を前にしたダイヤ改正にあわせて関東では大量の211系が営業を開始、新しい湘南型とあって乗りたいと思いました。
関西にもそのうち投入されるという噂はあったのですが、一向にその気配がない。

関東の普通列車にはグリーン車がついています。当時は特急形の格下げなども結構あり、バラエティに富んでいました。
関西では昭和55年に廃止されてしまったですから、普通列車で豪華旅が味わえるのは羨ましかったです。

東京発着の寝台特急も関西では夜中に発着するのでまず見ることはありませんでした。
それに関東では185系や165系などが普通列車としても運転されているのも羨ましかったです。関西のアーバンネットワークではせいぜいが117系。急行形が普通電車として走ること自体がありません(ライナー除く。阪和線では新宮夜行や、ストライキで381系快速が運転されたなどの例外はある)。これは新快速が117系に置き換わって以来ですね。
そんな関東が羨ましく思い、中3の夏におねだりして東京まで父親といってきました。

朝6時台の新幹線で東京へ。帝国ホテル列車食堂の食堂車でサンドイッチを食べたのも今では思い出。
まずは山手線一周して、羽田空港まで東京モノレールで往復。当時は大阪モノレールがなかったのでモノレール自体も目新しかったです。運悪く500系非冷房車に当たったのですが、これも思い出ですね。

次回は鶴見線や大垣夜行に乗った話を書きます。

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2007年07月20日

初めての青春18きっぷ

岡山へ行ってから3ヵ月後、今度は友達から18きっぷを1回分譲り受けて一人で旅行することに。
青春18きっぷをはじめて使ったのはJRになって2日目の話です。
例によって、舞鶴への帰省とあわせました。

前回岡山に行ったときと同じように、朝に大阪を出て夕方に舞鶴に着くような計画。今度は名古屋に行くことにしました。
いろんな列車に乗りたいということもあって、電車、気動車、客車を混ぜ合わせることに。

新大阪から瀬田まで快速で行き、瀬田から山科までは草津線から東海道本線直通の普通列車。当時はこの普通列車には2往復だけ50系客車が使われていたので乗りました。電化区間とはいえDD51に牽引される50系10連です。50系には山陰本線でよく見ておりましたが、乗るのは初めてだったと思います。
混んでいて、空席がなかったので立ってました。
ヘッドホンステレオを持ってきたのにイヤホンを忘れてしまった私。デッキでイヤホンから「GIVE ME UP」(Babe)がもれて聞こえていたのが羨ましかったです。

米原からは117系200番台のバケットタイプのシートを楽しんでました。名古屋では6分折り返し。そして米原から419系。
今や乗りなれた419系もこのときに乗ったのがはじめて。ワインレッドの塗色で、ブラインドが残っていたのが懐かしいです。
敦賀で1時間45分待ってからキハ58・47の5連の普通で東舞鶴へ。

今、思えば移動距離は短かったけど一人で名古屋まで行っただけで喜んでいたような気がします。
懐かしい一人旅ですね。

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2007年07月13日

国鉄電車の楽しみ(中学校の頃Pert3)

当時の私の興味対象は私鉄が中心でした。国鉄は複雑なのと路線が長いこともあって遠い存在だったことも影響しているのかもしれません。

ちなみに中学校の頃、学校では5人ほど鉄道仲間がいました。
そのうちの一人は国鉄好き(親が国鉄職員だったこともあるけど)で、青春18きっぷなどを使った普通列車の旅を楽しんでいた。

そんなある日、一緒に旅行に誘われたのです。ただ、18きっぷのない身で18きっぷ旅行者と同行することになったのできっぷが大変。たしか当時は近県や出のばら売りなんてありませんでしたから、自腹で岡山まで普通列車で往復しました。結構高かったなあ…。
この日は和田岬に寄ったほか、加古川線にも寄って厄神まで往復、赤穂線経由で岡山へ行き、帰りは山陽本線で大阪に戻ってきました。
日生で降りて意味なく1時間駅前にいたり…。

和田岬はいいとしても、加古川線の理由がよく分からなかったです。キハ37に乗れたのはよかったけど。
同行する身なので旅行の行程はその友達のポリシーに従ったのですが、「朝は早く、夜は暗くなる前に戻ってくる」というもの。その友達は種村直樹氏の著書の影響も受けているようで、種村氏そっくりな旅行スタイルでした。

私も旅慣れないうちはこのスタイルで旅行してみたのですが、これは後年「けっこう無駄の多い旅行スタイルだなあ」と感じるようになり、「遠くに行くなら朝は早く、夜は遅く」に移行しました。まあ、帰りの時間については門限などの問題も絡んでいるのですけどね。

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2007年07月10日

北陸新幹線金沢開業以降の並行在来線

北陸新幹線が2014年に金沢まで開業しますが、その際の並行在来線のうち、市振−直江津間と脇野田(新幹線駅ができる予定)−新潟・長野県境間について廃止論が出ております。
http://www.city.myoko.niigata.jp/new/sinkansen/c_note.cgi?mode=move&page=0

試算結果では向こう30年間で300億円後半の負担を強いられるので、廃止したほうが賢明というのが理由にあるようです。

この試算結果には市振−直江津間については新幹線開業後も存続するであろう日本海などの夜行列車と貨物列車の通過交通の売上げは計上されています。しかし存廃が微妙な「北越」は考慮されておらず、並行在来線を受け継ぐ場合の設備投資については、複線区間の継続・新車導入など少し過剰に見ているようにも思え、試算結果は廃止を前提に作られたような感じにも思えます。

なお、この試算結果では30年間の運営でも100億以上の赤字が発生することになっておりますが、在来線の車両を中古で済ますなど設備投資を抑え、上手く経営すればコストを抑えた引継ぎをすれば多少減らせるように思います。そうなれば試算結果の2分の1から3分の1程度(赤字額が年間数億円程度)には収まるのではないかとも思えます。まあ、それでも「赤字だから苦しい」というのは分かりますが、他の第3セクター路線も苦しんでいるところが多いことを考えると、ここだけ特別に条件が悪いというわけではないと思います(とはいえ市振−青海間は確かに閑散としているのですけどね…)。

また、「並行在来線をJRから切り離す」という行為自体が、東北・上越新幹線開業時における一ノ関−北上間とか、水上−宮内間のように本数の少ない区間でもJR路線として継続しているのに対して差別的であるという意見が、整備新幹線の建設予定地沿線では根強いのも事実なのです。

最後に、JRの民営化から20年が過ぎましたが、10年経過時点までは「民営化は成功だった」との声が大勢を占めていたのが、近年では「失敗」との声も増えていますね。
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2007年07月06日

国鉄電車の楽しみ(中学校の頃Pert2)

中2の夏には福知山線は電化を3ヶ月前に新線になっていました。そしてその新線を「但馬ビーチ」で快走してきました。これは思い出。
急行なのに12系ではなく14系客車での運転で特急気分を味わっていました。
前年には20系の運用があったようでうらやましい…。
福知山では旧客が止まっていたのですが、旧客は今まで散々見てきているので当時はそれほど関心はなかったのですが、これも見納めだったのですね。
今思うともったいないように思います。

そして福知山線が電化。
中2の冬は真新しい特急「北近畿」に乗って福知山まで電車の旅を楽しみました。1時間45分で福知山に着いたときはあっという間だと感じました。
485系のロマンスシートの小さなテーブルが懐かしいです。

当時の私は「遅い列車よりも速い列車、古い車両よりも新しい車両、豪華設備満載の方がいい」といった「ごく自然な考え」が支配的で、鉄道車両にあまり懐古なものを求めていなかったように思います。

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2007年07月03日

JRグループのICカード、Suica・ICOCA・TOICAが2008年春から相互利用可能に

少し前の話ですが、JR東海で発行する「TOICA」がJR東日本の「Suica」、JR西日本の「ICOCA」とが2008年春から相互利用可能になることが発表されました。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0705/16/news119.html

参入当初から、TOICAは「SuicaとICOCAとの乗り入れ予定がある」ことは表明していましたからので、予想通りです。
ただ、SuicaとICOCAの共通化も多少時間がかかっていた経緯から、TOICAとの共通化は数年後かなと思っていたのですが、来年春からと言うのは予想よりも早いのは確かです。

一方問題として、「エリアにまたがっての使用はできない」ということがあります。
これは現在のSuicaやICOCAでも同様に、首都圏−仙台地区、首都圏−関西地区等での相互利用ができないのと同じなので、まあ妥当なところでしょうけど。

しかし、TOICAエリアはエリア間の距離がさらに短いです。
特に関ヶ原−米原はわずか22.1kmしかなく、県境をまたがるとはいえ彦根・長浜地区から岐阜・名古屋方面への流動は結構ありますので、エリア間をまたがっての利用も可能なようにして欲しいものです。トラブルが絶えないでしょうね。ちなみに静岡地区でも2008年春にサービスが開始しますが、こちらも関ヶ原−米原ほどではないにせよ問題になりそうです。

ちなみに、関西地区で使われている自動改札機は能力が低く、駅の追加が限界近くまで来ているとのことですので更新する必要があるようなので、エリア間の利用はもうしばらく時間がかかりそうです。
システムの更新が望まれるところです。

あとは中京地区の私鉄のICカード化も検討されていますが、私はPiTaPa化して欲しいと思っています。
というのは、PiTaPaならば近鉄で名阪間を移動する際に1枚のカードで移動できますし、ICOCAやPiTaPaを持っている人は新しいカードを持つ必要が無くなるというメリットがあります。もちろんTOICA利用者で中京地区の私鉄を利用する人は多いと思いますので、TOICAとPiTaPaも共通化すればいいと思います。
ただしPiTaPaにはポストペイ方式だけでなくチャージする方式のものも準備して欲しいんですけどね。
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